負の遺産の最適な選択肢は? 相続放棄・限定承認について解説

2021年11月18日
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負の遺産の最適な選択肢は? 相続放棄・限定承認について解説

相続は、亡くなった方が残した財産のすべての権利と義務を引き継ぐのが原則です(民法896条)。しかし、相続財産の中に、借金などの“負の遺産”があるケースも少なくありません。

この場合、相続放棄もひとつの方法ですが、相続したい財産がある場合は、“限定承認”という手段もあります。令和2年度の司法統計によると、大阪府内の家庭裁判所で受理された相続放棄の申述は1万8905件、限定承認の申述は73件でした。

今回のコラムでは、借金などの債務、いわゆる負の遺産があった相続について、ベリーベスト法律事務所 岸和田オフィスの弁護士が解説します。

(出典:最高裁判所司法統計)

1、相続の基本的なルール

まずは、相続が発生した場合の基本的なルールである

  • 法定相続人と法定相続分
  • 遺産の分割方法
  • 遺留分


について解説します。

  1. (1)法定相続人と法定相続分

    相続が発生すると、民法の規定により法定相続人と法定相続分が決まります。法定相続人とは、民法において財産の相続が認められた人で、亡くなった被相続人との関係によって相続の優先順位が決められています。

    法定相続人となるのは、配偶者と最も優先順位が高い親族で、該当者がいない場合や全員が相続放棄をした場合に次の順位の親族が相続人となります。

    法定相続人の順位と法定相続分は次のとおりです。

    優先順位 相続人となる親族 親族の法定相続分 配偶者の法定相続分
    第1順位 直系卑属(子・孫) 2分の1 2分の1
    第2順位 直系尊属(親・祖父母) 3分の1 3分の2
    第3順位 兄弟姉妹 4分の1 4分の3
  2. (2)遺産の分割方法

    遺言がなく法定相続人が複数人いる場合は、法定相続人全員で遺産分割協議を行い、遺産の具体的な分割方法を話し合いにより決めることになります。

    遺産分割は法定相続分に拘束されることはありません。したがって、法定相続人全員の合意があれば、自由に分割方法を定めることができます。

    なお、遺言により具体的な相続方法が指定されている場合は、原則として遺言が優先され、その指示どおりに財産が分配されます

  3. (3)法定相続人の権利“遺留分”

    法定相続人のうち、配偶者と第1順位、第2順位の親族には遺留分という権利があります。

    遺留分とは、民法によって保障された最低限の遺産を相続できる権利で、被相続人であっても制限することはできません。遺留分が問題となりやすいのは、遺言により特定の人に財産が相続されるケースです。

    たとえば、法定相続人が配偶者と子である場合に、被相続人が4000万円相当の遺産をすべて配偶者に遺贈する遺言を残したとします。しかし、民法において、子には4分の1の遺留分が認められています。そのため、遺留分として遺産の4分の1に相当する1000万円を請求する権利が保障されます。

2、負の遺産はどのように引き継ぐのか?

負の遺産、たとえば借金などの債務や、被相続人が他人の保証人となっている場合の保証債務はどのように引き継がれるのか解説します。

  1. (1)債権者との関係ではどうなる?

    借金や保証人としての保証債務は、遺産分割の対象とはなりません。

    そのため、原則として、借金などの金銭債権や債務は、相続の開始時に法定相続分の割合で分割されて法定相続人に引き継がれます。

  2. (2)特定の相続人に債務を引き継がせることはできる?

    調停や遺産分割協議で合意すれば、特定の相続人が負の財産をすべて負担し、支払うことは可能です。

    しかし、それは相続人間のみの決定であるため、債権者(金銭を貸した側)にも合意を得なければなりません資力のない相続人が債務を相続して、債権者が借金を回収できないのでは公平を害するからです

  3. (3)熟慮期間の注意点

    相続の開始からの3か月間は、相続放棄や限定承認をするか、無条件で相続する単純承認か検討する、熟慮期間となります(限定承認については4章で解説)。

    この熟慮期間に、相続財産の処分をしてしまうと、相続放棄や限定承認を検討していた場合でも単純承認をしたものとみなされます(法定単純承認―民法921条)。相続財産の処分には、債務の弁済も含まれるため注意が必要です。

3、相続放棄のメリット・デメリット

相続放棄について、制度のメリット、デメリットを解説します。

  1. (1)相続放棄とは?

    相続放棄とは、借金などの負の遺産、預貯金などのプラスの遺産にかかわらず、すべての財産を相続する権利・義務を拒否する手続きです。

    相続の開始を知った時から3か月以内に家庭裁判所に相続放棄の申述を行う必要があり、申述が受理されると、初めから相続人ではなかったとみなされます(民法939条)。

    被相続人の負の遺産が大きい場合によく利用される手続きですが、特定の相続人に集中して相続させたいような場合でも利用することができます。

  2. (2)相続放棄のメリット

    主なメリットとしては、相続放棄することで借金などの負の遺産相続から解放されることが挙げられます。また、相続放棄の申述が受理されると相続人ではなかったこととなるため、遺産分割協議に参加する必要もありません。

    なお、みなし相続財産に該当する死亡保険金や死亡退職金は、遺産分割の対象にはなりませんが、税制上は相続財産とみなされて課税対象となるものがあるため注意が必要です

  3. (3)相続放棄のデメリット

    相続放棄にはいくつかのデメリットや注意点があります。

    ① 相続放棄の取り消しはほとんど認められない
    相続放棄の取り消しをするには、家庭裁判所に申述して受理される必要がありますが、取り消し事由について詳細な主張や証拠を提出しなければ認められる可能性はほとんどありません。

    民法919条では、相続放棄の取り消しができる場合として、

    • 未成年者が法定代理人(親権者など)の同意を得ずに相続放棄をした
    • 成年被後見人本人が相続放棄をした
    • 詐欺または強迫により相続放棄をした


    など法律的に不備がある場合に限定しています。

    取り消しの申述ができる期限は、追認ができる時(詐欺であることを知った時や強迫されて相続放棄をした時など)から6か月以内または相続放棄から10年以内のいずれか早いほうとなります。

    ② 後順位の相続人への配慮が必要
    負の遺産である債務の相続を避けるために相続放棄をする場合、相続人全員が相続放棄をするのが一般的です。

    相続人である配偶者と子の全員が相続放棄をすると、次の相続順位である被相続人の親や祖父母が相続人となります。被相続人の親や祖父母が亡くなっているか相続放棄をした場合は、被相続人の兄弟姉妹(亡くなっている場合はその子)に相続権が移ります。

    しかし、相続放棄をしても、家庭裁判所などから他の相続人に通知があるわけではないため、相続放棄の事実を知らせなかったことがトラブルの種になりかねません付き合いのある後順位の相続人への連絡は行っておいたほうが良いでしょう

4、限定承認の手続きの流れと注意点

限定承認の概要や手続きの流れ、注意点を解説します。

  1. (1)限定承認とは?

    限定承認とは、相続したプラスの財産の範囲内で、借金などの負の遺産を相続することです。相続する財産以上の債務を負うリスクを回避できることがメリットです。

    借金などの負の遺産がある一方、土地家屋など相続したいプラスの財産が多くある場合はもちろん、財産にどのくらい債務が含まれているのか不明な場合の対策としても有効な手段です。

  2. (2)限定承認の手続きの流れ

    限定承認手続きの大まかな流れは次のとおりです。

    ① 限定承認の申述
    限定承認は、相続人全員が共同で申述する必要があります。

    そのため相続人全員の連名の申述書、相続人の戸籍謄本、被相続人の出生にさかのぼった戸籍謄本、相続財産目録などを家庭裁判所に提出します。なお、先行して相続放棄をした相続人がいる場合は、それ以外の相続人が共同して行います。

    ② 限定承認申述受理
    家庭裁判所が申述を受理すると、相続人の中から相続財産管理人が選任され、手続きを主宰します。相続人が一人の場合は、申述者が限定承認者として手続きを行います。

    ③ 請求申出の公告等
    金銭等を貸したすべての債権者へ弁済の機会を保障するため、相続財産管理人や限定承認者は、官報公告をする必要があります。官報とは国の施策を国民に知らせるための機関紙で、インターネットでも閲覧が可能です。

    なお民法では、官報公告の掲載手続きを、限定承認者は5日以内、相続財産管理人は10日以内にするよう定めています。

    ④ 相続財産の換金
    借金などの債務を返済できない場合、動産・不動産・有価証券などすべての相続財産を換金し弁済にあてることとなります。

    ただし、不動産に相当する金額を支払うことができる場合は、その不動産を手元に残すことができます。たとえば、相続した家の評価額が500万円であった場合、500万円を支払うことができれば住宅を手放さずにすみます。

    また、相続財産を適正な価格で換金するために、裁判所の競売手続きや家庭裁判所が選任した鑑定人が査定した金額で売却することになります。

    なお、相続財産を売却する際、相続人には優先的に買い取りができる“先買権”が与えられます。どうしても相続したい財産がある場合は、この先買権を行使して取得することも可能です。

    ⑤ 債権者への配当
    相続財産を売却した代金を、債権者に分配します。剰余金がある場合は、相続財産として遺産分割を行うことになります。

  3. (3)限定承認の注意点

    限定承認には次のような注意点があります。

    ① 相続人全員で行う必要がある
    相続人の意見が一致しない場合や、相続人の一部が相続財産を処分してしまった場合は、限定承認をすることはできません。なお、相続人の一部が相続放棄をした場合は、それ以外の相続人が共同して行うことになります。

    ② 手続きが煩雑で相続財産管理人の負担が重い
    限定承認は破産手続きと類似した清算手続きであり、破産手続きでは弁護士である破産管財人が行うような業務を、相続財産管理人が行わなければなりません弁護士のサポートがなければ困難な業務といえるでしょう

    ③ 換金費用が高額
    換金のために不動産の競売手続きを利用する費用や鑑定費用が高額になるケースがあります。たとえば、大阪地裁岸和田支部の場合、不動産執行の予納金として原則90万円ほどが必要となります。

    また、競売手続きでの売却価格は市場価格より2割程度安くなるのが一般的です。そのため、相続人が先買権を行使して不動産を取得し、市場価格で売却する方法がよく用いられますが、鑑定費用として数十万円、固定資産税評価額の2%に相当する登録免許税が必要になります。

    ④ みなし譲渡所得税が課税される可能性がある
    限定承認の場合に限り、被相続人から相続人へ相続財産が譲渡されたものとみなされて所得税の課税対象になります(所得税法59条)。

    結果的に負の遺産のほうが相続財産より大きかった場合は納税する必要はありませんが、相続財産の剰余がある場合には、被相続人の所得税として申告、納付の必要が生じることがあります。

    被相続人の所得税の申告、納付期限は、相続開始から4か月以内とされています。

5、まとめ

負の遺産の相続が発生した場合、相続放棄、限定承認の選択肢があります。
ただし、それぞれメリットとデメリットがあり、相続財産や債務の状況を把握して比較検討する必要があります。特に限定承認は、高額になりがちな費用や税負担や、手続きの煩雑さから弁護士の適切なサポートを受けることが重要となります。

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