出張時の移動や残業は労働時間になる? みなし労働時間制の適用とは
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労働関係の法律トラブルの中でも、労働時間に関する問題は少なくありません。
大阪労働局が発表した「令和3年における送検状況について」によると、労働基準法、労働安全衛生法等の違反被疑事件として検察庁へ送検された件数は78件で、うち労働基準法等違反は30件、労働安全衛生法違反48件でした。さらに労働基準法等違反事件の内訳を見てみると、「労働時間・休日等」は「定期賃金の不払」と並んでもっとも多い13件と、トラブルにつながりやすいことがうかがえます。
遠方へ出張すると、いつもより移動時間が長くなる上に、労働時間の管理が曖昧になりがちです。出張中の労働時間については、どのように考えればよいのでしょうか。そこで今回は、“出張時の労働時間”というテーマを、岸和田オフィスの弁護士が解説します。
1、知っておきたい労働時間の考え方
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(1)法定労働時間は「1日8時間・週40時間」
まず初めに、労働時間の基礎的な知識について押さえておきましょう。
法律上、基本となる労働時間は「1日8時間・週40時間」です(労働基準法32条)。原則として、これ以上の時間は労働者を働かせてはならないと定められた時間であり、法定労働時間といわれます。
また、休日に関しては、週1日または4週間を通じて計4日以上の休日を労働者に与えなければならないと定められています(労働基準法35条)。 -
(2)法定労働時間外の残業・休日出勤
もし、法定労働時間を超えて働く場合には、労働者の使用者である経営者は、労働者との間で時間外労働協定、いわゆる36(サブロク)協定をあらかじめ結ばなければなりません。
法定時間外労働、いわゆる残業や休日出勤についての労使協定を管轄の労働基準監督署に受理されて初めて、残業や休日出勤が合法とみなされるのです。
なお残業や休日出勤には、割増賃金を支払うことも義務づけられています(労働基準法37条)。具体的には、法定時間外労働では通常賃金の最低でも25%以上、休日出勤では35%以上となっています。 -
(3)みなし労働時間制とは
しかし、出張中の仕事については、正確な労働時間の把握が難しいことも多いものです。また、業務の性質上労働者にスケジュール管理を任せた方が効率的なものもあります。
そのような場合に適用できるとされているのが、みなし労働時間制です。
みなし労働時間制とは、「実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ決めておいた労働時間分働いたとみなす」制度です。
また、実際の労働時間がどのように算出されるかという点について、- ① 就業規則に定められている所定労働時間(いわゆる定時)
- ② 通常その業務を遂行するのにかかる時間
の2通りがあります。
②については、あらかじめ労使協定を結んで、みなし労働時間を決めておかなければなりません。つまり、もし法定労働時間の8時間を超える時間が「通常その業務を遂行するのにかかる時間」として設定されているのであれば、超過分について残業代が発生します。
みなし労働時間制であっても法定労働時間にのっとった1日8時間・週40時間の労働時間を守ることが求められるのです。 -
(4)事業場外みなし労働時間制とは
みなし労働時間制にはいくつかの分類があり、出張のケースが当てはまるのは、事業場外みなし労働時間制です(労働基準法38条の2)。勤務先のオフィス以外の場所で労働をする、たとえば出張や外回りなどをする場合に該当するでしょう。
ただし、事業場外みなし労働時間制は、上司の指揮監督が及ばないため、労働時間の算定が難しいという問題を解決するために作られた制度です。
したがって、オフィス外で働いていた場合であってもこの条件を満たさない場合には、みなし労働時間制が認められない可能性もあり注意が必要です。たとえば、他事業所に出張して仕事をした、上司と一緒に外回りをした、などが該当します。
2、出張に伴う移動は労働時間になる?
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(1)移動時間は原則として労働時間にならない
出張中の移動時間は「労働拘束性の程度が低い」という理由から、原則として労働時間に入らないとされています。移動中は、飲食や昼寝、読書をしてもかまわない時間です。このため、使用者から拘束されているとはいえないのです。
逆に、以下の場合には労働拘束性がある、と認められる可能性があるでしょう。- 上司が出張に同行している
- 移動中もメールやチャットなどで業務命令がとび対応に迫られる
- 引率者として仕事仲間を目的地まで連れていく責任を負っている
- 業務に必要な物品の運搬・管理を任されている
これらのケースにおいては、移動時間も労働時間としてカウントされる可能性があります。勤務先の対応に納得がいかない場合には、証拠を集めた上で弁護士に相談してみましょう。
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(2)出張中の労働時間についての裁判例
出張中の労働時間については、いくつかの裁判例がありますので、参考のためにご紹介します。
一つ目は、韓国に出張した労働者が、移動時間も労働時間に含まれるべきとして訴訟を提起した横河電機事件(東京地裁平成6年9月27日判決)です。
判決では、「移動時間は労働拘束性の程度が低く、これが実勤務時間に当たると解するのは困難である」として、移動時間は労働時間に含めないとされました。また、この判例では、代償的措置として海外出張手当が別途支給されていたことも、上記の判断において考慮されています。
二つ目の日本工業検査事件(横浜地裁川崎支部昭和49年1月26日決定)は、国内出張をした従業員が残業代を請求した訴訟です。本件でも、移動時間については「労働者が日常の出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起こり得ないと解するのが相当」と判示しています。
このように、出張の移動時間は労働時間に該当しないことが、これまでの裁判例で示されてきました。しかし、遠方にいる従業員に業務命令を送り遂行させることは、今やさほどハードルが高いことではなくなってきています。
通信技術が高度に発達している昨今においては、上記の判断が覆される可能性もあるかもしれません。出張の労働時間で気になることや困っている場合は、まずは弁護士に相談してみることをおすすめします。
3、休日を含む出張は休日労働?
出張期間中に休日が含まれている場合、労働時間としてカウントされるのか疑問に思われる方も多いでしょう。結論からいうと、出張先であっても休日を自由に過ごせる場合には、原則として休日と同様に取り扱われます。
厚生労働省が発信する行政解釈では「出張中の休日はその日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取り扱わなくても差し支えない」(昭和23年3月17日基発461号、昭和33年2月13日基発90号)」とされています。
しかし、休日であっても具体的な業務命令が下されて、自由に過ごせなかった場合には、休日出勤として賃金を請求できると考えられています。出張中の休日の扱いについて納得がいかないことがあれば、就業規則などの証拠を弁護士に見せながら相談してみましょう。
4、出張先で残業をしたときの扱い
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(1)残業代請求ができるケース
繰り返しになりますが、出張中に事業場外みなし労働時間制が適用されると、実際に何時間働いても、あらかじめ決められた時間分しか働いていないとみなされる可能性があります。
上司の指揮監督が及ばないため、労働時間の算定が難しいということが、事業場外みなし労働時間制適用の条件ですから、該当しないケースでは残業代を請求できる可能性があります。
東京労働局が公表している資料「事業場外労働に関するみなし労働時間制の適切な運用のために」では、以下の場合には事業場外みなし労働時間制を適用できないと明記しています。- ① 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
- ② 無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合
- ③ 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後、事業場に戻る場合
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(2)出張先における労働時間の把握についての裁判例
出張先の労働時間を具体的にどうやって把握するのかという点については、阪急トラベルサポート残業代等請求事件(最高裁平成26年1月24日判決)において、添乗業務の場合「旅行日程があらかじめ詳細に決まっていること」「緊急時には勤務先から個別具体的な指示を受けること」「添乗日報によって詳細な事後報告を行っていたこと」などから、事業場外であっても労働時間の把握ができると判断されました。
5、まとめ
勤務先が「事業場外みなし労働時間制だから残業代を支払わない」と主張しても、「出張先で上司から細かい指揮命令を受けている」「出張先でも労働時間の算定が可能である」場合は、時間外労働・休日出勤の割増賃金を請求できるかもしれません。おかしい、納得がいかないと思ったら、早めに弁護士に相談してみましょう。ベリーベスト法律事務所 岸和田事務所の弁護士が、労働問題の解決に向けて親身に話をうかがいます。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています